先日安楽死をテーマにした興味深い小説を読みました。
楡周平著「終の盟約」です。
ネタバレになってしまいますが、この小説は認知症になって安楽死を望んだ父と、その不自然な死に疑問を持ちながらも心のどこかで介護から解放されてホッとした家族の葛藤を書いた内容になっています。
これから日本が超高齢化社会に進んでいく中、やはり安楽死を早く法律で認めてほしいと私は思いました。
私は安楽死に賛成です
色々な意見はあるかと思いますが、私は安楽死に賛成です。もちろん成人でなおかつ本人が望んだ場合にのみ限定される必要はあるでしょうが。
自分もいつまでも元気でいたいと思うけれど、病気になって毎日耐え難いほどの苦しみを受けなければならなかったり、認知症になって周りの人の生活も壊してしまうくらいなら、自ら安楽死を選びたいと思っています。
認知症になった時点で自分ではもう判断できなくなっているかもしれないので、正確には認知症になる前に終活として自分の意見を文書で残しておかないといけないですね(^^;)
日本は生きているうちから死について話し合うのはタブーのような雰囲気がありますが、もしかしたら不幸は明日にも起こるかもしれない。
そう思うと「自分が万が一のときはどうしたいのか」を元気なうちに家族と話し合っておかなければならないと思う今日この頃です。。。
コロナ禍で義父の老人化がますます進んだ!?
先日、真昼間に義父から突然自宅の固定電話に電話がかかってきました。
日中固定電話に電話がかかってくることって滅多にないので、学校からの連絡かと思い焦るんですよね。子供が怪我したとか急に体調不良になった、などの連絡じゃないかと。。。
慌てて電話を取ると、「〇〇(私の夫。義父にとっての息子)はいるか?」とのこと。
夫は今もテレワーク中なのでいるっちゃ、います。けれど働く場所が自宅になっているだけなので、もちろん勤務中に緊急でないプライベートの電話など取り次げません。その旨伝えると「時間ができたら電話してほしい」と。
その後、夫のスマホにまで電話がかかってきたそうです。その時はたまたま夫が昼休みで休憩中だったので電話に出られましたが。話を聞いてみると「パソコンでファイルが消えた」だのなんだの、私たちにとってはどうでもいい話。。。
夕方、仕事で一息ついた夫が嘆いていました。義父の老人化が進んでいると。
夫が説明しても人の意見を聞かず、自分の意見を一方的にまくしたてるそうです...。おまけにパソコンの問題が解決しないので、台風が近づいてきているというのに「明日そっち(我が家)まで行く」とまで言い出しました。(結局夜になって問題は解決したので訪問は無くなりましたが)
元々頑固なところがあるのですが、もしかしたら年をとって脳が委縮して、さらに頑固になってきているのかも!?コロナ禍で他人とコミュニケーションを取る機会が減っていることも原因かもしれません。
自分の孫にも価値観を押し付けるような、なかなか面倒くさい方なのです( 一一)
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現役時代は典型的な企業戦士。今でも「仕事はやらされていると思うからイヤになるんだ」などとブラック企業の管理職のような暴言を平気で吐くような元仕事人間が在宅とはいえ勤務中に急ぎでない用事で電話をかけてくるって異常です。
なんだか私はこのやり取りを横で聞いていて、あの忌まわしき池袋の暴走事件を連想してしまいました。
ブレーキとアクセルを踏み間違えるという過失を犯していることは証拠上明らかなのに、「自分は正しかった。車に異常があった。」と言い続けた加害者。。。
自分の義父や親が将来このような脳が凝り固まった老人になり、他人に危害を加えてしまったら・・・と思うとものすごく恐ろしくなりました。
あの加害者を非難するだけでなく、いつか自分の身の周りにも起こってしまうかもしれない、という危機感を持ち続けなければならない、と強く思いました。
<まとめ>
高齢者による逆走事故、いつまでも権力にしがみついて世代交代しようとしない政治家たち・・・色々ニュースを見ていると、長寿は人間を幸せにしているのだろうか、と思うこともしばしば。
コロナに対する考え方が国によって違うのも、死生観が違うからかもしれません。日本もアフターコロナに向けて死生観について考えてみることも必要かも。
楡周平さんの本は社会問題をテーマにしていて面白いです。それでいて小説形式なので読みやすい!是非読んでみてくださいね♪
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